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ネット詩人としてのわたくしを振り返る


21世紀のはじまりにおいて、このスレッドはネット詩の可能性におけるひとつの頂点であり冒険であるかもしれない。
まあ、自画自賛しても始まらない。
このスレッドを立てたわたくしの表現のひとつをここに残しておきましょう。

詩板
「雑学ポエム」
http://book.2ch.net/poem/kako/988/988973356.html


そしてこちらのスレッドは2001年末に立てられた詩板きっての人気スレッドである。
ツイッター無き時代における相互のつぶやきポエムのやりとり、そのスタンスが多くのネット詩人を呼んだ。


詩板
「メッセージ(すべては生きた証のために)」
http://book.5ch.net/test/read.cgi/poem/1008001550/


好評だったメッセージスレのふたつめですが、こちらは2002年末に始まりました。
この辺りの時代がわたくしのネット詩人としての活動のピークでした。

詩板
「『メッセージ 第Ⅱ章』~すべての愛は強く儚く~」
https://book.5ch.net/test/read.cgi/poem/1039536399/


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1979年のピクルス

安西大樹、人生初のマックいやマクドは、
たしか大阪市の旭区の関目駅近くの店だったと思うが、
そこの駅名、今は関目高殿駅ってなってるんだな。
1980年前後、俺の誕生日には、
ビッグマックやフィレオフィッシュのあの発泡スチロール的な箱を、
テーブルの上でどんどん上に積み上げてくゲームを、
店員さんたちが少しわちゃわちゃしながら、祝ってくれたのを、
いまだに覚えている。
もしかするとそれは、弟が生まれる直前辺りの1979年かもしれない。
とにかく俺は、ハンバーガーのピクルスは必ず残していた。

俺はその前の五歳くらいのときに、
おじいちゃんおばあちゃんの家を探していたんだ。
夜遅く城北ハイツを飛び出して。
父の真後ろの座席に座り、副流煙だらけの車で週末になると、必ずのように通ってた長屋の家だ。
土曜日、『8時だョ!全員集合』が終わって、『Gメン'75』が始まる頃、マンションに帰る感じだった。
近くの酒屋でビール瓶の蓋のいくつかをもらって、
おばあちゃんは店屋物のハンバーグ定食なんてのを毎週食べさせてくれたり。

さて、それはともかく、
過干渉かつ厳格なる両親を持ち、何か耐えきれない、いたたまれない地獄があったのだろう。
その頃の俺が家出をしたってわけ。

安西大樹人生初の犯罪をおかすつもりで、
蒲生四丁目あたりのバス停から、
おそらくこのバスなら大丈夫だろうとテキトーぶっこいて、
金も知識もないままに、旭区の高殿の方へとむかった。
バスに乗るときはびびった。
金がなくてもバスな乗れるのだろうかと。
そして、だいたいの当たりは記憶が付けてくれているので、
自分を信じて、ただ暗い窓の景色を凝視していた。

そうして、ここらへんかな、
そろそろ紫色のおいしそうな葡萄を思わせる「降りますランプ」をおそうかな、
押したやつの顔がばれるかな、
なんておどおどしてたら、どこかの誰かがそれを押して、バスは緩やかに停まり、
真ん中辺りの自動ドアがあいたので、
俺はそのおじさんらしき人の隙間に紛れ込むようにして、
闇の奥、
街灯の少ない方角へと逃げ去ったのだ。
全速力で。
しかし、途中でなんだかおかしい気がしたんだ。

バスの運転手が少しも追いかけてこないんだから。
後になって知ったことなのだが、
俺の年齢だとバスは無料だったらしい。

さて、そこから徒歩で記憶だけを頼りに、
おじいちゃんおばあちゃんの家に向かったのだが、
記憶力がすばらしいのか、
まるで記憶力に鼻づらを引っ張られるようにして見慣れた界隈へと俺は到着したのだ。

「まーくん、こんなじかんにどうしたんや」と言って、
暗がりからのっそりあらわれてびっくり顔もしないで、
俺を迎えてくれたのはおばあちゃんだった。
奥の方でおじいさんが少しにんまりしていた気もする。

関目高殿駅近くのあのそこそこ広い交差点は、
俺の聖地になるだろうな。
なぜなら、その降りたバス停というのが、
初めてのマクドナルドの店に最も近いバス停なのだから、
そして、冒険者よろしく夜の町を、
ゴールへと向かい歩いていく5歳児にとって、
何かしら人生の分岐点になるような、
両親への最初の反撃を成し得た、
そんな思い出の場所なのだから。

哲学 究極の問い 小事件

そうなんですか!!! 安西大樹(あんざいまさき)さん、ぜひぜひ出版の企画を共に立てましょうよ!!!

よろしくお願いします。

まずは企画書を。

などという声は一切かかってこない。

たとえ俺が、哲学における究極の問いに答えることができる人間だとしてもだ。

ネームバリューアカデミックな肩書きがないと誰も相手にしない、ということだ。

それが学者の世界、出版の世界だ。

たしかに、

ロバート・ノージック

レイモンド・スマリヤン

カンタン・メイヤスーなども究極の問いに答えてはいる。

しかしあの程度では多くの人を信じさせ、納得させることはできないであろう。

ちなみに、

哲学における究極の問いとは、

「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」

という命題である。

物理学も化学もこの問いに対しては役に立たない。

「何か」が何であるのかを定義することしかできない、

つまり「何か」を世界という対象としてしか扱うことのできない、

その種の学問だけでは解き明かすことができない。

では論理学ではどうなのか。

どこまで論理の力によって明文化できるのか、ということが重要だ。

俺はどこまでも論理の力によって解き明かそうとしてきた。

そして一応の答えは出すことができている。

哲学系出版エージェントから声がかかってもおかしくないはずだ。

しかし音沙汰はない。

もしかしたら俺の死後、俺の哲学の所産が最強の評価を頂戴するのかもしれない。

現今の人間たちは見る目がない。

ツイッターにおいても反応はゼロに等しい。

学者でもないやつがなぜ哲学について語る資格があるのだ、と言わんばかりの沈黙である。

不条理な嫌がらせにも似た完全スルーである。

しかし、この俺の哲学は≪タナトフォビア≫で困っている人々への解決のヒントとなるものであり、

俺の非商業的ライフワークでもある。

存在論は一生かかってまだまだ勉強しつつも、

俺に提示できることもあると思っている。

究極の問いを持つわたくしをなぜ放置するのか。

世界が震撼するほどの大発見ではないかもしれないが、

少なくともちょっとした異能の天才が現われたことには変わりないはずである。

以上、ほんの少しの冗談をのぞけば大真面目に切実な思いをぶちまけてみた。





追記。

それってテメーが勝手にわかった気になってるだけじゃねーの?

そんなツッコミが聞こえて
きそうだが、たしかにその通りだろう。

どんな学問でも極めるということはできない。

人の数だけ知識量における多寡というものがあるかもしれないが、

人間なんてもんは俺も含めて、世界の究極については≪わかった気でいる≫ことしかできない。

だから、知識が多かろうが、知能が高かろうが、世界そのものに対してはほぼ無力であり、どっちが偉いだの、どっちに金を多く与えるだのという俗事的観念などはほとんど意味を成さない、ということである。

自分も含めて、人間の非力に差別なし、ということを決して忘れてはならないだろう。

とはいえ、とはいえ、である。

これは小事件である。

早い段階でネットに発表すべきであろう。

知性は肩書きには存在しない。

そして知性だけでは、究極の問いに答えることはできない。

体験知性と、直観認識力、そして運命であろう。

まあ生前に評価されなければそれは、俺のせいではない。

評価されようがされまいが、俺のちょっとした思想、哲学ではない非哲学におけるこの謎の解明に対する熱情は、どこかのだれかに(それがたとえたったひとりの人間であったとしても)伝わるだろう。

それでよし。

ともかく、

究極の問いに関する文章はどこかにアップする予定である。

それは、哲学的エッセイなのか、思想的エッセイなのか、名付けることの難しい作品になるだろう。

なんなら説明書、究極の問いに答えるためのトリセツでもよい。

そう、そんな作品であろう。

以上。


ネットプリント『新聞花壇』休刊


好評を博したネットプリント『新聞花壇』ですが、来年初頭の発行は見送りとさせていただきます。

≪新聞花壇の会≫そのものは解散したわけではありませんが、実質上かたちを成していない状態です。

ネプリは廃刊ではなくて休刊という扱いで保留しておき、未来に託しておきたいとは思っております。

みなさま何卒よろしくおねがい申し上げます。



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