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『前最終型真理』


神も数学も不完全であることは周知の事実である。
矛盾しないことが数学のオンリーワンの真理だとポアンカレはおぼっちゃま的知性によって知っていた。
そしてゲーデルは【神の存在証明】を試みようとするのだが。
それはただの記号と記号との等価関係に過ぎないのであった。


ところで、何年も前から、個人的造語である『前最終型真理』について思い巡らし、あらゆるシミュレーションを試みたり、哲学や宗教書の類いを読み漁ったりしている。

構築中の思想詩的な小説で『前最終型真理』をどのように組み込んでいくかで難儀している。おまけに、短歌がとても面白くハマっているので、頓挫中ではあるのだが。


世界は、【同時性】の軸の上に成り立っているわけではない。

世界は、【継起性】の軸の上に成り立っているわけではない。

世界は、【言語学】によって解明されることはないであろう。





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短歌を詠み始めた頃が懐かしい。

サザンの桑田さんが音楽を始めたきっかけは不純な動機。

わたくしが短歌を始めたきっかけは不遜な動機。

インターネットの世界で長年詩を書いてきてそこそこの評価を得ることもあり、短歌なんて余裕だよ、それになんでこんな下手くそな短歌ばかりが溢れているんだ、と思い上がっていた。

実際に短歌を詠むようになり、険しい道の、今、途上にいる。


短歌を詠むという行為は、人間が「世界として」生きていることと同じくらい、肯定すべき幸せなことだと思っている。

世界というものは完璧で、はじまりもおわりもないものだけど、そこに時の流れや空間の奥行きという、変化を感じることができるのだから、人間としてそれを美しく残したい、という気持ちを大切にしたいと思っています。

そういった世界の有り様へのささやかな反逆は、愛という概念と同じく尊いのである。

世界の認識のために(新しいも古いもない、正しいも正しくもない)



世界には、はじまりもおわりもないのだと認識する、これがまず第一段階だろう。

だが、あと一段階が必要なのだ。

ここでは詳しくは述べない。
構築中の小説でその正体を暴こうと思っている。

定量や定位置などない、ということ。
はじまりもおわりもないのだから、本来は時間や空間などはない、そう思っている。



自分も含めて人間はもっと絶望的な世界をシミュレーションすることから出発した方がいいと思う。
それこそが、人生や世界を最も幸福的に
肯定できるスタンスに立てたということになるからである。



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