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リチャード・ブローティガン


リチャード・ブローティガンの小説とはつまりイメージの万華鏡に浴する快楽を与えてくれる存在。


エイミー・ベンダーの『燃えるスカートの少女』などなど、ヘンテコテコヘンな作品が大好きなアメリカ小説界だが、
どうしてもブラックに持って行かざるを得ないのかと思わせる小説が多いなあと、嘆かずにはいられないこともある。
その点、ブローティガンの短編、掌編は、
デリカシーとピュアネスとメランコリーを湛えたユーモアを持ち合わせている。
『芝生の復讐』を何度も読むうちにわかること。
それは、ブローティガンは生真面目な勤め人にも、反抗期なヒッピーにもなれず、孤高の道を照らし歩いた変態作家である、ということ。
そして、それがうれしい。


(ブラックジョーク? けっ! 嘆かわしい)


ブローティガンの作品はいつもそうだ、つまりジョークに堕ちることを避ける。

「遠さ」が彼の作品の光だ。
彼は遠くから作品を送りだす。
作品を読むわれわれは、その遠さのゆえに、まずは、ぼやけ、めがくらむようで、判然としない。
どこで読者とリンクするのか、と逡巡しているとポエジーが連結するのだ、読者とそれを。
読者の側にポエジーを探る西瓜糖でできたアンテナを装備していることを求めるのが彼の作品の強引さではあるのだが。


が、それはまた別の話である。

さて、


ブローティガンの比喩はあからさまに素晴らしい。
しかし、あの手の比喩のジャンプ力(いや、突発的飛翔力と言ってもよい)が強すぎると、ほとんどの読者にとっては読解が厄介になる可能性が高いので、わたくし安西大樹が比喩を構築するときは、比喩するものと比喩されるものとの橋渡しのために、その飛翔の角度を緩やかにしたい、とは思うのだ。
だがそれは読者へを売ることにもつながるので、大変デリケートな問題なのだ。


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